インドあれこれ②ムンバイ
今月11日、インドの商業都市ムンバイで起きた列車爆破テロで、昨日、イスラム教徒3人が逮捕された。死者は200人以上、重傷者も600人以上という。これがアメリカやヨーロッパ、日本や東南アジア辺りで起きたことならば、世界のマスメディアももっとこのニュースを取り上げるのだと思うが、インドは既に21世紀を牽引するであろう超大国でありながら、こういったテロが頻発しているため、世界の関心も低い。
昨年はカシミールから分断ラインを越えてパキスタンへの直通バスがようやく開通したし、和平へ向けて少しずつ一歩を踏み出したかのように見えた矢先のテロである。ムシャラフ大統領は「テロに屈して和平への道を閉ざしてはならない」と言うが、犠牲になるのはいつも一般市民である。政治家は別として、民間レベルでの憎しみは深まるばかりのような気がしてならない。インドからパキスタンへの旅行をしたことがあるが、パキスタン国境に近いインド西部辺りに来ると、その旅のプランを聞いて、インド人は一様にみんな眉間にシワを寄せて「なんであんな国に行くのだ」と吐き捨てるように言う人も多かった。
今回の爆発は家路を急ぐ通勤列車の1等車両を中心に起きたらしい。ムンバイと言えばインド一の商業都市。植民地時代を彷彿させるコロニアルな建物の中にも近代的なビルが建ち、小奇麗な中産階級の人々が闊歩する大都市である。今回のテロはまさにその中産階級の人々を狙い討ちした形となった。
インドはテロの多い国である。都市部でのテロが多いのは、首都デリーはもちろん、この商業都市ムンバイ、そしてムンバイから北上しデリーまでの中間に位置するグジャラート州のアーマダバードなどでも多い。デリーなどでリキシャに乗り、「●●ホテルへ」と行く先を告げると、「そこのホテルの周辺では昨日イスラム教徒によるテロがあって危険だから俺が知ってるホテルに連れて行ってやる」などというのはリキシャマンの常套句だ。それが本当なのか嘘なのか、混沌として情報の乏しいこの国ではわかりづらい一面もある。
私はいずれの都市にもテロからそう日にちがたっていない時に訪れたことがある。デリーでは確か今年の2月に外国人の多いデリー駅前周辺で爆発テロがあったし、アーマダバードでもやはり列車を狙った大規模なテロがあった。そして初めてムンバイを訪れた時も、ムンバイを象徴するアラビア海に面した美しいインド門と、その背後に重厚な荘厳さで建つタージマハールホテルで爆発テロがあり、多数の死者が出た直後であった。「直後」とは言っても1週間ほどは経っていた。しかしこれが日本のような国であれば、1週間という日々はまだまだ事件の凄惨さを思い起こさせる場所となっているだろう。
しかし、少し緊張の面持ちでインド門を訪れた私が見た景色は違っていた。どこが現場だろうと見回しても、見えるのはインド門を見に田舎から上京してきた家族連れ、いつもと変わらないであろう定位置に立つ物乞い、若者達が大勢輪になって大騒ぎしている中心にはテープレコーダーから陽気なインド音楽が流れ、楽しそうに踊りに興じていた。まるで爆破テロなんて無かったかのようだ。 インド門の前はすぐアラビア海で、フェリーに乗って行く遺跡の島エレファンタ島へのフェリー発着乗り場になっているが、それも大変な盛況であった。デリーの市場や外人の多いメインバザール周辺で起こるテロでも、次の日には爆発現場の前で屋台が立ったり、店も営業を開始したり、人々も臆することなく普通に買い物をしている光景が見られるということだ。
無差別テロが日本でも起こるかもしれないと戦々恐々としながら暮らしている平和な日本と、常にテロと隣りあわせで暮らしている人々との違いを感じずにはいられない。
ところでムンバイという都市はテロも多く少し物騒なイメージもあるが、実のところなかなか雰囲気のある都市で私は好きだ。ホテルの値段が異常に高いので、貧乏旅行者にとっては素通りするような町ではある。実際私も日本からムンバイに到着した晩、是非ともアラビア海に面したホテルに泊まりたいと、私にとってはいささか値の張る中級ホテルの部屋をとったが、この値段でこの部屋かよ!という、せっかくアラビア海にホテルは面しているのに窓ひとつない部屋で少し悲しい思いをしたものだ。しかし町並みには古さと新しさが混在し、その町並みにインドの自動車アンバサダーが走る風景がなんともぴったり。そして質の高い雑貨類などもある。私の大好きな本と映画「インド夜想曲」はこのムンバイから始まるが、ジャン・ユーグ・アングラードが辿ったアラビア海に面したマリーンドライブや、前述のフェリーで行くエレファンタ島など、見所も多い。
こんな素敵なムンバイだが、初日の朝、私はとんでもない目にも遭っている。夜遅くムンバイのホテルに着いたので、目の前のアラビア海を見ることができずにいた私は、朝少し早起きして朝もやに包まれるアラビア海を見ようと外に出た。目の前はまさに思い描いていた海。そして向こうには荘厳なインド門。1人感慨に包まれていた私は、向こうの方から天秤を担いだおやじが歩いてくるのに気が付いた。彼は私から少し離れたところで立ち止まった。なんとなく射るような視線を感じて、アラビア海から彼の方に目を向けると、彼が何かを振っていた。一瞬私は何のことかわからなかったのだが、どうやら彼は自分の大切なところを取り出して、私から視線をそらさずに振っているではないか。「痴漢だ」。瞬間、私の感慨は吹き飛び、怒りが沸々と沸いてきた。この海を見るために日本からわざわざ来たのに!!しかしここで動揺すれば彼の思う壷である。かくして私は何事もなかったようにアラビア海を後にせざるをえなかった。
今でもムンバイというとアラビア海と共に痴漢おやじのことが頭をよぎる。せっかくの思い出が台無しだが、そういうところもインドっぽいかなと思うのである。
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